ビブリオバトル普及委員会に入会する

ビブリオバトルというゲームのことを知るタイミングと、ビブリオバトル普及委員会に入会するタイミングは同じにはならない。ビブリオバトル普及委員会に入会する動機づけ、入会するまでに過ぎていく月日、ビブリオバトルに対する考え方、これらは人によって異なるだろう。ビブリオバトルを知ることとビブリオバトル普及委員会に入会することの間には距離がある。私はどういうきっかけで入会することになったのかを振り返る。
岡野裕行
2021.06.28
誰でも

谷口忠大さんに会う

ビブリオバトルを考案した谷口忠大さんと初めて直接に顔を合わせたのは、2011年6月25日(日)である。ちょうど10年前になる。
この日、東京大学福武ホールラーニングシアターで開催された「情報メディア学会第10回研究大会」のシンポジウムに、私は企画委員の一人として裏方作業にあたっていた。

www.jsims.jp

この研究大会のシンポジウムの基調テーマとして「ロボットと情報メディアの未来」が設定されており、谷口さんはこのときに会員外のパネリストの一人として参加していたのである。

学会の本編では話しかけるタイミングもなかったので、この日の研究大会終了後の懇親会で谷口さんにはじめましてのご挨拶をした。どうもどうもはじめまして。
「去年(2010年)に非常勤先でビブリオバトルやってみたんですよ、あれはとてもおもしろいですね」と、以前にビブリオバトルを楽しんだことがあることをお伝えした。

「うちの大学(皇學館大学)でもいずれやってみようと思ってます」と伝えると、谷口さんからは「ぜひぜひやってくださいよ」ととても軽い感じでお返事をいただいた。
私は2011年4月に皇學館大学に着任したばかりだったので、新天地でビブリオバトルを具体的にどのようにやってみるのかとか、谷口さんと立ち話をしているときにはまだ何も考えていなかった時期になる。

情報メディア学会は私がよく顔を出している学会なのだけれど、そこに谷口さんがこのタイミングでパネリストとして招聘されていたことは、私からすればほんとうに偶然のできごとだった。
谷口さんと私はお互いの専門分野が異なるので、情報メディア学会がロボットというテーマでシンポジウムを企画したこのタイミング以外には、直接に話すような機会は訪れなかったと思う。
後々に谷口さんから直接普及委員会に勧誘されることになるので、このときにたまたまご挨拶する機会があったことが、その後に私がビブリオバトルの普及活動に関与するきっかけになっている。
ご縁というのはこんなところに転がっていたのかと、後々になって振り返ってみるとおもしろい。

その日のうちに私のほうからツイッターでリプライもしている。

こうして谷口さんとはお互いのツイッターアカウントもつながることができたことで、より一層ビブリオバトルの情報が目に入るようになってくる。

ビブリオバトル首都決戦2011を眺める

その半年後の2011年11月に、私はビブリオバトル普及委員会に加入することになる。

加入のきっかけとなったタイミングは、「ビブリオバトル首都決戦2011」である。
2011年9月16日(金)に、「ビブリオバトルの全国大会があるんですが皇學館大学からも出場しませんか?」という趣旨のコメントが谷口さんから飛んできたのである。

2010年に始まった「ビブリオバトル首都決戦」は、この年が2回目の全国大会で、参加大学数と参加学生数をできるだけ増やしたいということらしかった。

ただこの年は2011年10月30日(日)に全国大会の日程が決まっていて、あいにくその日は本務校の学園祭の日程と被ってしまっていたのである。
「大学の学園祭と日程が被っているので、私が関係するのはちょっと難しいです」というお返事を差し上げたのでした。
この年は学内業務として学生委員会を担当していて、仕事として学園祭に顔を出さないといけなかったのである。

「せっかくの機会に残念だなぁ」とは思いながら、スケジュールの都合がつかないというお断りの連絡をした。
このときに出場の機会を逃したのは残念な気もしたのだけれど、「これはぜひ来年度は学生を参加させないといけないな」とも思ったのである。

この年の全国大会は、私の母校(図書館情報大学/現筑波大学)の後輩である常川真央さんが出場していた。

youtu.be

常川さんとはその後にビブリオバトル普及委員会の理事としてご一緒したり、共同研究者にもなったりとか、直接的にも何かをご縁ができるようになった。

この頃の筑波の教員・学生のなかに、ツイッターをやっている人たちが結構いて、ツイッター上で教員・学生が仲良くしている様子が見えていた。
2006年に大学院を修了して以降は、個人的には母校と関わる機会がほぼなくなってしまったけれど、こういう雰囲気が私の母校の良いところだなと思いながらツイッターを眺めていた。

常川さんはこのときの大会で準決勝を勝ち抜き、決勝の舞台にも残った。「おぉ、常川さん決勝に残ったのはすごいわ」と思いながら、ウェブに流れてくる中継情報を伊勢から眺めていた。
ビブリオバトルが楽しそうに見えていたのも、私の母校の後輩たちが積極的に楽しんでいる様子が伝わってきたことも大きかったように思う。
「ビブリオバトルが楽しい」ということを、私は後輩たちから学んでいたのである。

この年の「ビブリオバトル首都決戦2011」は会場に足を運ぶこともなく、ネットのなかだけで全国大会の情報を追いかけていた。

ビブリオバトル普及委員会に勧誘される

そしてその後、谷口さんから「ぜひ来年のビブリオバトル首都決戦にはそちらの学生さんも出場してください」というお誘いとともに、「東海地区でのビブリオバトル普及活動にぜひご協力いただけます?」という依頼メールが2011年11月13日(日)に届いた。

普及委員会への加入の打診が来るまでビブリオバトルの普及側にまわることはまったく考えてなかったのだけれど、この年は皇學館大学に着任した最初の年度で、学外的な仕事がそれほどなかった頃だったので、二つ返事でその日のうちの了承する旨のお返事を差し上げた。

ビブリオバトル普及委員会は、あくまでボランティアとして関わるものであり、このときはまだそれほど認知度が高いわけではなかったけれど、おもしろいことに引っ張り込んでもらえたなという感触はあった。

こうして私は谷口さんに引っ張られる形でビブリオバトル普及委員会に入会することになった。
その後に理事や代表になるとかなんてまったく想像もしておらず、ただ単に「ビブリオバトルはおもしろそうだな」って気持ちだけで動いていた頃だった。

与えられたビブリオバトル普及委員会の会員番号は50番だった。

大学教員としての仕事の合間に、ビブリオバトルの普及について考える生活がここから始まることになったのである。

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